『皇室典範に関する有識者会議』の  報告書(平成17年11月24日)要旨

 『有識者会議』の報告書から、ぜい肉と異論がある文言を削り落として、否定しがたい論点だけでまとめてみた。

  1. 国民の理解と支持を得られるものであること
     皇位継承制度は、天皇に関する最も基本的な制度の一つであり、我が国の歴史や制度に対する深い理解に基づく国民の広範な支持が得られるものでなければならない。
     象徴としての天皇の地位の継承は、国家の基本に関わる事項であり、制度としての安定性が強く求められる。
     安定性の内容としては、
    • 必要かつ十分な皇位継承資格者が存在すること
    • 象徴としての役割を果たすための活動に支障がないこと
    • 皇位継承者が一義的に決まり、裁量的な判断や恣意の入る余地がないものであること

        などがあり、これらを総合的に考慮する必要がある。
  2. 男系継承維持の条件と社会の変化
    • 皇位は、過去一貫して男系により継承されてきたところであり、明治以降はこれが制度として明確にされ、今日に至っている。
    • 男系による継承は、基本的には、歴代の天皇・皇族男子から必ず男子が誕生することを前提にして初めて成り立つものである。
    • 過去において、長期間これが維持されてきた背景としては、まず、非嫡系による皇位継承が広く認められていたことが挙げられる。これが男系継承の上で大きな役割を果たしてきたことは、歴代天皇の半数近くが非嫡系であったことにも示されている。また、若年での結婚が一般的で、皇室においても傾向としては出生数が多かったことも重要な条件の一つと考えられる。
    • このような条件は、明治典範時代までは維持されており、制度上、非嫡出子も皇位継承資格を有することとされていたほか、戦前の皇室においては、社会全般と同様、一般に出生数も多かったことが認められる。
    • しかしながら、昭和22年に現行典範が制定されたとき、まず、社会倫理等の観点から、皇位継承資格を有するのは嫡出子に限られ、制約の厳しい制度となった。
    • 近年、我が国社会では急速に少子化が進んでいる。皇室における出生動向については、必ずしも、社会の動向がそのまま当てはまるわけではない。しかし、社会の少子化の大きな要因の一つとされている晩婚化は、女性の高学歴化、就業率の上昇や結婚観の変化等を背景とするものであり、一般社会から配偶者を迎えるとするならば、社会の出生動向は皇室とも無関係ではあり得ない。戦前、皇太子当時の大正天皇が結婚された時のご年齢が20歳、その時点で妃殿下が15歳、昭和天皇のご成婚時(同じく皇太子当時)には、それぞれ22歳と20歳であったことを考えると、状況の変化は明らかである。現に、明治天皇以降の天皇及び天皇直系の皇族男子のうち、大正時代までにお生まれになった方については、お子様(成人に達した方に限る。)の数は非嫡出子を含め平均3.3方であるのに対し、昭和に入ってお生まれになった方については、お子様の数は現時点で平均1.6方となっている。
    • 男子・女子の出生比率を半分とすると、平均的には、一組の夫婦からの出生数が2人を下回れば、男系男子の数は世代を追うごとに減少し続けることとなる。実際には、平均的な姿以上に早く男系男子が不在となる可能性もあれば、逆に男子がより多く誕生する可能性もあるが、このような偶然性に左右される制度は、安定的なものということはできない。
    • このような状況を直視するならば、今後、男系男子の皇位継承資格者が各世代において存在し、皇位が安定的に継承されていくことは極めて困難になっていると判断せざるを得ない。これは、歴史的に男系継承を支えてきた条件が、国民の倫理意識や出産をめぐる社会動向の変化などにより失われてきていることを示すものであり、こうした社会の変化を見据えて、皇位継承の在り方はいかにあるべきかを考察する必要がある。
  3. 旧皇族皇籍復帰等の方策
     男系男子という要件を維持しようとする観点から、そのための当面の方法として、昭和22年に皇籍を離れたいわゆる旧皇族やその男系男子子孫を皇族とする方策を主張する見解があるが、これについては、上に述べた、男系男子による安定的な皇位継承自体が困難になっているという問題に加え、以下のように、国民の理解と支持、安定性、伝統のいずれの視点から見ても問題点があり、採用することは極めて困難である。
    • 皇籍への復帰・編入を行う場合、当事者の意思を尊重する必要があるため、この方策によって実際に皇位継承資格者の存在が確保されるのか、また、確保されるとしてそれが何人程度になるのか、といった問題は、最終的には個々の当事者の意思に依存することとなり、不安定さを内包するものである。このことは、見方を変えれば、制度の運用如何によっては、皇族となることを当事者に事実上強制したり、当事者以外の第三者が影響を及ぼしたりすることになりかねないことを意味するものである。
    • いったん皇族の身分を離れた者が再度皇族となったり、もともと皇族でなかった者が皇族になったりすることは、これまでの歴史の中で極めて異例なことであり、さらにそのような者が皇位に即いたのは平安時代の二例しかない(この二例は、短期間の皇籍離脱であり、また、天皇の近親者(皇子)であった点などで、いわゆる旧皇族の事例とは異なる。)。これは、皇族と国民の身分を厳格に峻別することにより、皇族の身分等をめぐる各種の混乱が生じることを避けるという実質的な意味を持つ伝統であり、この点には現在でも十分な配慮が必要である。
  4. 女子や女系の皇族への皇位継承資格の拡大の検討
    • 国民が、象徴としての天皇に期待するものは、皇室の文化や皇族としての心構えが確実に受け継がれていくことであろう。このような観点から皇位継承資格者の在り方を考えた場合、今日、重要な意味を持つのは、男女の別や男系・女系の別ではなく、むしろ、皇族として生まれたことや皇室の中で成長されたことであると考えられる*1
    • 皇位の継承における最も基本的な伝統が、世襲、すなわち天皇の血統に属する皇族による継承であることは、憲法において、皇位継承に関しては世襲の原則のみが明記されていることにも表れており、また、多くの国民の合意するところであると考えられる。
    • 男系男子の皇位継承資格者の不在が懸念され、また、歴史的に男系継承を支えてきた条件の変化により、男系継承自体が不安定化している現状を考えると、男系による継承を貫こうとすることは、最も基本的な伝統としての世襲そのものを危うくする結果をもたらすものであると考えなければならない。
    • 換言すれば、皇位継承資格を女子や女系の皇族に拡大することは、社会の変化に対応しながら、世襲という天皇の制度にとって最も基本的な伝統を、将来にわたって安定的に維持するという意義を有するものである。
  5. 皇位継承順位
     現行制度は、皇位継承資格を男系男子皇族に限定した上で、継承順位としては、まず天皇の子など直系子孫を優先し、天皇の子孫の中では年齢順に、長男とその子孫、次男とその子孫…の順に優先し、次いで近親を優先するものである。なお、明治典範との違いは、現行典範が、明治典範で認められていた非嫡系継承を否定したことに伴うもののみである。この順位の考え方は、天皇の子など直系子孫に皇位が継承されることが歴史的にも多数を占めており、国民に受け入れられやすいこと、その中では年齢順を基準とすることが分かりやすく、世襲の在り方として自然であることなどを理由とするものである。
    • 皇位継承の在り方としては、過去から現在まで伝えられてきた皇位を将来につないでいくことが重要であり、この過去から将来への連続を象徴する形として、親から子に、世代から世代へと伝わる直系継承が最もふさわしい。国民の側から見ても、親から子への継承が最も自然なものと認識される。
    • 皇位継承者は、天皇の役割を継承する存在であり、天皇の身近で生まれ、成長された皇族であることが望ましい。
    • 皇位継承資格を嫡出子に限定する制度や少子化という状況の下では、直系子孫の中に男子が不在という状況は決して稀なことではなく、長子優先以外の制度をとると、傍系の継承により天皇の系統が比較的頻繁に移転する結果となることが想定される。その場合、お代替わりにより従前の継承順位が変動するなど複雑な制度となり、また、皇位の安定性という意味でも好ましくない。
    • 皇位継承順位については、国民が、将来の天皇として、幼少時から、期待をこめてそのご成長を見守ることのできるような、分かりやすく安定した制度であることが求められる。そのことは、ご養育の方針が早い段階で定まるということにもつながる。
       したがって、天皇の直系子孫を優先し、天皇の子である兄弟姉妹の間では、男女を区別せずに、年齢順に皇位継承順位を設定する長子優先の制度が適当である。
  6. 皇族の範囲の考え方
     皇族制度は、世襲による皇位継承を確保するとともに、一定の場合、天皇の国事行為を代行するなど天皇の活動を支えるため、天皇の親族を皇族とし、制度上、一般の国民と異なる地位とするものである。皇族の範囲に関しては、皇位継承資格者の安定的な存在を確保することを大前提にしつつ、皇族は特別な地位にあること、財政的な措置が伴うこと、皇族の規模が過大となった場合には皇室としての一体性が損なわれるおそれがあること等の見地から、皇族の規模を適正に保つことが求められる。女子や女系の皇族に皇位継承資格を拡大した場合においても、このような要請を満たす制度とする必要がある。
    • 現行制度では、皇族女子は天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れることとされているが、女子が皇位継承資格を有することとした場合には、婚姻後も、皇位継承資格者として、皇族の身分にとどまり、その配偶者や子孫も皇族となることとする必要がある。
    • その場合、将来的に皇族の数が相当程度増加する可能性もあるため、天皇と血縁の遠い子孫から皇族の身分を離れるという考え方の下に、一定の世数を超える子孫を一律に皇族でなくする世数限定の制度をとることも考えられる。しかしながら、世数限定の制度をとった場合には、歴代の天皇天皇の近親の皇族に、一定数の子が安定的に誕生しなければ、皇位継承資格者の存在に不安が生じることになるため、現在のような少子化傾向の中では、世数限定の制度を採用することはできない。このため、現行制度の考え方を踏襲して、天皇・皇族の子孫は世数を問わず皇族の身分を有するいわゆる永世皇族制を前提にした上で、その時々の状況に応じて、弾力的に皇籍離脱制度を運用することにより、皇族の規模を適正に保つこととすることが適当である。
    • なお、現在の皇族女子については、婚姻により皇籍離脱する現行制度の下で成長されてきたことにも配慮が求められる。その際、世数、皇室の構成等も勘案する必要がある。
  7. 皇籍離脱制度
     皇籍離脱制度については、現行制度では、親王は意思による離脱ができないのに対し、内親王は、王や女王と同様、皇室会議の議により、意思による離脱ができることとされている。これについては、女子も皇位継承資格を有することとする以上、親王内親王とを区別する理由はないこと、親王内親王と王・女王との間では、皇籍離脱の条件等に差が設けられるべきであることから、内親王に関する制度を親王に関する制度に合わせ、共に意思による離脱ができないこととすることが適当である
     また、やむを得ない特別の事由があるとき、皇室会議の議により、皇籍を離脱する制度については、現行制度と同様、親王内親王、王、女王すべてについて可能とすることが適当である。現行制度では、皇太子及び皇太孫については、やむを得ない特別の事由による皇籍離脱制度が適用されていないが、今後は、女子の皇太子及び皇太孫についても、同様の制度とする必要がある。
  8. 摂政就任資格・順序
     天皇が成年に達しない場合や重大な事故等により国事行為を自ら行うことができない場合は、摂政を置くこととされている。現行制度では、天皇の配偶者・寡婦(皇后、皇太后太皇太后)も、この摂政に就任する資格を有することとされている。これと同様に、女性天皇の配偶者・寡夫も摂政就任資格を有することとする必要がある。
     また、就任の順序については、現行制度では、皇族男子(皇太子、皇太孫、親王・王)が優先され、次いで皇后・皇太后太皇太后、さらに内親王・女王、という順位が設定されている。この順序は、皇位継承資格を有する者を優先するという考え方であると思われるため、今後は、まず、男女を問わず皇位継承資格を有する皇族を先順位とし、次いで、天皇の配偶者・寡婦(夫)を位置付けるという考え方をとることが適当である。皇位継承資格者の範囲内では、現行制度と同様、皇位継承順によることが適当である。
     なお、この摂政就任資格・順序は、国事行為の臨時代行にも準用されているため、臨時代行制度にも以上の考え方が適用されることとなる。

  9. 結 び
     検討に際しては、今後、皇室に男子がご誕生になることも含め、様々な状況を考慮したが、現在の社会状況を踏まえたとき、中長期的な制度の在り方として、ここで明らかにした結論が最善のものであると判断した。
     皇位の継承は国家の基本に関わる事項であり、これについて不安定な状況が続くことは好ましいことではない。また、皇族女子が婚姻により皇族の身分を離れる現行制度の下では、遠からず皇族の数が著しく少なくなってしまうおそれがある。さらに、将来の皇位継承資格者は、なるべく早い時期に確定しておくことが望ましい。このような事情を考えると、皇位継承制度の改正は早期に実施される必要がある。

*1:皇族復帰した方の子は「皇族として生まれた」という条件を満たすが、もう一方の条件「皇室で成長された」という条件を満たすことが出来ない。