3.男系継承は皇室の選択に任せるべき

  • 男系継承は必要か

「この設問自体おかしい、男系継承は皇室の伝統であって、必要か否かの問題ではない」という反論があるかもしれない。しかし、「男系継承の伝統を守るために旧宮家の復活を」という主張となると、伝統論では済まなくなっている。なぜなら、前項で論じたように男系継承の伝統を守るために皇族による世襲という伝統を破ることになるからである。

    • 「臣籍にあったのは、たったの60年。非常時であるから、目をつぶってよい」というのは首肯しがたい。60年経過したということは、「一度も民間人になったことがない人間だけが天皇になれる」に反している。「とにかく皇族になっていただくことが大事で、天皇になるのは、これから生まれてくる男子に限ればよいではないか」という主張に耳を傾けないわけではないが、問題になっているのは、「生まれも育ちも民間人でしかない旧宮家の方々を皇族にする方法はあるのか」ということなのだ。伝統に則ったやり方で皇族にできなければ、これから生まれてくる男子も、「皇族の子として生まれた」ことにならないから天皇になれないはずである。
    • 天皇になれるのは天皇の5世孫以内という伝統も旧宮家ではクリアできない。旧宮家には明治天皇内親王昭和天皇内親王が嫁いでいるため、女系でよければ4世孫や3世孫にあたる独身男性が複数存在する。しかし、女系の血筋でよいなら、眞子様佳子様愛子様の子は今上天皇の3世になるから、血筋の濃さで旧宮家より優先される(現皇太子が天皇になれば、愛子様の子は2世であり、愛子天皇が実現するなら、愛子天皇の子は1世ということになる)。
      あくまでも男系ということにこだわり、旧宮家天皇とのつながりを論じるとなると、20世も離れているから、旧宮家を特別視することはできないことになろう。男系で見れば、江戸時代に皇籍を離れた皇族の子孫のほうが歴代天皇に近い。たとえば摂家清華家などの公家には皇子が何人もはいっているし、天皇家から皇女を迎え入れて、血縁を深めてもいる。

こうしたわけで、皇族による世襲の伝統よりも男系継承の伝統を優先させるためには、論理的になぜ男系継承が必要なのかを説明しなければならないのである。
さて、これまで男系継承の必要論として言われているのは、

  1. 神武天皇Y染色体は男系によってしか継承されない。
  2. 女系を認めると、配偶者男性の子が天皇になるから易姓革命がおこる(別王朝の誕生)。
  3. 女系でもよいとなると天皇につながる人は無数にいるので、それこそ君臣の別がなくなる。

というものである。
そこで個々に検討してみよう。

  1. この意味でのY染色体所有者は、市井にも存在するから、むしろ旧宮家皇位継承させる根拠を弱めることになる。
  2. 天皇家にはそもそも姓はなく、配偶者男性が婿入れし皇族になるときは、姓も身分も捨て、義理からも遠ざかることになるから易姓革命にならない
  3. 君臣の別は「皇族か否か」の別であるから、皇族でない者が、天皇との血筋を強調しても天皇にはなれない。したがって女系を含む皇統であってもまったく無問題。

このほか、女性天皇には、「女性には、祭祀は無理である」とか「女性天皇では、男性配偶者のいいなりになる恐れがある」とかいう反対論もあるが、「それなら女系の男性天皇なら反対しないですね」と混ぜ返すことが可能である。それに、女性配偶者に好きなように操縦される男性天皇の恐れも同等にある以上、ことさら女性天皇にだけ反対する理由にはなりえない。
また、愛子様天皇になると小和田王朝が誕生すると主張する人もいるが、小和田氏のY染色体を愛子天皇がもっているわけがなく、当然、以下の子孫に継承されることはないので、支離滅裂な主張だ。同様に愛子天皇の配偶者の王朝が成立するためには、以後、男子継承を継続できなければならないので、これもありえない話である。
このように男系継承の必要論の根拠は底が浅いものである。
皇位継承の正統性は、「天皇の血筋に近い皇族が継承する」という方法以外にありえない。現皇室典範のままでは皇族がいなくなってしまうことこそが最大問題なのである。

  • 男系継承の難点

皇太子、秋篠宮をもって現天皇家は絶家、宮家としても残らない。
こういった皇位継承の危機にあたり、とくに男系継承絶対を主張する人達から、問題解決の切札として、旧宮家の復活が提唱されてきた経緯がある。天皇家は現皇室のみと信じてきた60年は貴重である。今後は旧宮家の家系に移行すると言われると、昭和天皇に対する強烈な記憶とともに、いかにも寂しい思いがする。

さて、旧宮家復活と言っても、昭和22年皇籍離脱された11宮家のうち適齢期にある男子を持つ4宮家のみか、そのうち現当主のみか、ご兄弟を含むか(新宮家の創設)、男子のおられぬ宮家も含むのか、すでに絶家となっている3宮家も他の宮家の男子を養子として復活するか、立法目的と、法的公平を巡って一筋縄の議論で収まりそうもない。
旧宮家に独身男性が多いとかいうが(独身男性は下は2歳から上は45歳まで14名おられる)、彼らが本当に結婚するのかもわからないし、どんな女性と恋愛関係にあるのかもわからない。ちなみに、新宮家を創設しなければ、結局独身男子は4人。その4人だって、すべてが「皇族になってもいい」とは言わないだろう。承諾するのは1人か2人と思われる。男系継承は早晩行き詰ることになる。
なぜなら、長男の家系で継承できる確率は2人生めば3/4というが、次の代もクリアできる確率は9/16(56%)、3代クリアするとなると27/64(42%)と、はなはだ心もとないからだ。
「複数の系統でやってもらえば」というが、名乗りを上げている旧宮家男系が複数確保できているという確実な話は聞いたことがない。「兄弟でリレー継承すればよい」といっても、弟がいないかもしれないし、弟がいるからといって跡継ぎをつくる責任を免れるわけでもない。こうした事情で男子誕生という重荷を負わされることを承知でプロポーズを受ける女性が今後現れるかさえ疑問だ。一生を独身で過ごす皇子がおられることも想定する必要があるし、女性の結婚時期の高年齢化と10%の確率でおこる不妊という問題もないがしろにできない。皇室の永続を願う立場にいながら、ただでさえやっかいな世継ぎ問題に男系という制約条件をつけることは愚かなことである。
男系の場合は子孫が女だけになったら終わり、狭義の女系の場合は子孫が男だけになったら終わりである。男系継承は複数女性を孕ませることができるので無制限に子孫を残すことができるが、狭義の女系継承では母体の制限と不妊の問題があり、かならず途切れてしまう。世界中どこにも女系王朝がないのはこのためだし、天皇家が男系継承を伝統にしてきたのもこのためだ。旧宮家が男系を断絶させずにこれたのも側室制度を最大限に利用してこれたからこそである。ところが、一夫一妻制を守るとなると女系継承と同条件となり男系継承は難しい。統計学では不妊率も計算に入れると3世で7割が断絶する。つまり、男系継承の伝統は側室制度や、庶子継承でも可とするシステムとセットでこそ意味があったが、現代社会のモラルに照らせ合わせた場合には受け入れられない伝統なのである。
庶子継承はダメでも傍系継承なら国民の支持も得られるから側室なしでも男系継承は維持できるという願望的意見に固執する人もいるが、傍系に移ればそれが直系になる。一度は受け入れてもらえるだろうが、簡単に直系断絶を繰り返されると国民も愛想が尽きる。それこそ、「皇室はもういらない」といわれる世の中になってしまう。そもそも「男子を生まないと皇祖に申し訳ない」 などと時代錯誤なことを言っていると、男系継承どころか嫁の来てにも困ることになる。
幸い、男女の区別なく天皇の子が天皇になる実子継承を皇室が選択することに国民の多くは賛成している。「男系継承が皇統の伝統だということが分かっていない」といくら主張しても、国民の多くはそんなことを不問にして皇室に愛着を感じてきた。
だから伝統というと、男系とか、Y染色体のことだと思うのは勘違いである。国民は「男系継承が皇統の伝統だということが分かっていない」ということは男系が威信の源泉ではないということなのだ。

子どもを希望する夫婦の10%が、不妊症と言われている。不妊率は年齢が高くなるにしたがいあがり、晩婚化が進む現在この傾向が顕著になっている。

不妊・生殖ガイドシリーズ1 -年齢と妊娠- | さくらライフセイブ・アソシエイツ
 多くの女性が生殖機能が20代後半から30代初期にかけて下降する事を認識していない。
例えば、30歳の健康な女性の場合、毎月、妊娠する可能性が20%あるとみられているところ、40歳に近づくころには、ほぼ5%の確率まで低下します。
年齢は、妊娠する能力に、特に35歳以降、大きく影響する、と認識することは重要です。 (表1参照) 今日の女性は以前と比較して、健康に気をつけていますが、加齢による生殖機能の衰えを補うものではありません。

表1. 年齢と共に上昇する不妊
結婚している女性の年齢グループ別の不妊
年齢 (歳) 不妊率 (%) 生涯子供に恵まれない可能性 * (%)
20 - 24      7            6
25 - 29      9            9
30 - 34     15            15
35 - 39      22            30
40 - 44      29            64
Adapted from Menken J, Trussell J, Larsen U. Age and infertility. Science. 1986;23:1389.
* Historical data based upon the age at which a woman marries

国民統合の象徴として天皇制を「永続させる」ことを考えた場合、「男性でも女性でも継承可」とし、出産にともなう負担をを軽くすることは、当然必要だ。その際に、次の天皇である内親王が青い目の外国人やホリエモンみたいな男と結婚したら大変だというのは「ためにする最低の議論」である。
戦後の皇室が皇太子をはじめとする親王内親王の配偶者選びを如何に大事にしてきたか国民の知らぬところではない。『皇室典範』第10条にも「立后及び皇族男子の婚姻は、皇室会議の議を経ることを要する」と明記されている。有識者会議の報告書もこれを受けて「これと同様に、女性天皇内親王、女王の婚姻についても、皇室会議の議を経ることとする必要がある。」 としている。
また、内親王がご自身の結婚相手を選ぶ際に「国民に支持される配偶者である」ことを第一義的に考慮されるであろうと期待するのが普通である。皇室と国民とが信愛の紐帯で結ばれているからこそ「天皇は国民統合の象徴」なのである。
とにかく皇室の伝統が守られることが大事である。民間人は皇室と婚姻で結ばれて皇族になる。それ以外の方法で皇族になれることを認めるべきでない。婚姻による民間人の皇族化は天皇の許可と皇室会議の議決承認を必要とするから、もっともよい方法なのである。
男系継承に固執する論客の一部に「旧皇族の中から皇位継承順位第1位を決めて内親王を嫁入れさせる」ことを主張する人もいる。しかし、旧皇族の子孫のだれが第1位候補になるのか? そして旧皇族皇位継承順位第1位の方との無理婚を義務付けさせることを法改正でできるとお考えなのか? 法案作成責任者も、実行管理責任者も決められないのに、どうやって実現させるのか? 少しでも生産的なプロジェクトに関わったことがある者なら、たちどころに却下するであろう。それよりは有識者会議の結論にしたがうべきではないだろうか。「男系男子と結婚した場合のみ宮家として存続できる」といった内容を盛り込むべきという反論もあるが、往生際が悪いとはこのことである。皇位を継承させるためには内親王が結婚相手に選んだ男性との間にできた子を天皇にするということで十分である。
さて女帝の配偶者がたまたまであれ、意図されたものであれ、皇統男系男子でありさえすれば、お二人の間に生まれた直系の天皇は女系にしてかつ男系ということになる。この女系天皇が男性ならその子も男系だし、女性ならまた皇統男系男子と結婚すればいい。皇統男系男子は旧宮家だけでないから結婚相手の選択範囲も広げられるのではないだろうか。男系継承を主張する人は、皇室の自由選択にしたら結婚相手が男系男子とは限らないから反対のようであるが、「皇室がお決めになればいいこと」ではなかったのか。
男系継承を主張している人は、今上天皇や皇太子の平和主義的な傾向に不満をもっているトンデモない復古主義者がほとんどだ。今上天皇に向かって、「男系が守れないなら即刻歴史の舞台から退場し、旧宮家皇位を譲位せよ」と命令しているのと、言っていることが本質的に違わない。実に嘆かわしいことである。

「女系継承を容認するが、継承順位は長子優先ではなく、男子優先にすべき」という意見もある。天皇の激務や祭祀の性格、配偶者問題や母体の健康を考えれば男性天皇が望ましいことは明らかである。しかし、天皇親王がいなくとも内親王がいるならば皇位内親王に継承されるシステムに変えるべきである。そこを変えないと、やっぱり男の子が産まれるまで産まねばならないという意識が残るのでよくない。この問題は最後にもう一度皇室に於けるリスク問題として取り扱う予定である。

女性宮家を認めれば、婚姻・出産という儀式を経て男系の皇族男性も複数誕生する可能性が大きい。これに何の保証もないから反対というのはおかしい。傍系男系男子と直系男系女子が複数おられる。お互いに結婚する気がないというのであれば、当事者が誰も男系維持、男系継承を望んでいないことになるわけだから外野が騒いでも無意味ということになる。国民が口を差し挟むことができることではない。天皇はご自身の意向を伝えることができないのであるから、替わりに天皇に(または天皇候補者であられる皇族の方々に)「自由な選択権」をもたせるべきなのだ。